ヒラエッセイ
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1999年1月16日(土) 京都夏旅行記1
このところ、ちょこちょこと出張に行く機会が多くなってきた。今までも出張はあったのだけれど、出張をみんなで分け合っていたから僕自身が行くチャンスは少なかった。
ところが最近はリストラで人が半分になってしまったので、出かけるチャンスが2倍になったのである。
出張へ行くとできるだけ経費を抑えようと安い宿を探したりする。会社から支給される宿代は旅費規程で決まっているので、差額が自分の懐にはいるという仕組みになるのだ。
僕はそのお金を飲み代に充当する。それほどの大金が残るわけじゃないのでもちろん足は出てしまうが、それでもこの宿選びによって、出張先でどれくらい美味しいものを飲み食いできるかが決まるのだから、大事なことなのだ。
前回大阪へ行ったときには何となく京都に行きたくなって、京都市内の宿を探した。
8月の夏まっただ中に盆地の代表選手みたいな京都へ行くなんて考えてみればバカなことなのだけれど、クーラーの効いた部屋の中で計画したせいか、そのときにはなんとも思わなかったのである。
「京都ですか。明日ですか? へぇ。暑いですよ。死んじゃいますよ」
大阪の梅田にあるこのバーは、僕が出張へいくたびに飲みに行くものだから、すっかり常連になっている。
カウンターでカクテルを飲みながら明日京都へ行くのだという話をしたら、マスターがそんなことを言うので、ぼくも「やめようかな」と考えはじめてしまった。
「でも、2つお勧めがありますよ」
「なんですか?」
「一つは川床料理ですね。川の上によしず張りみたいな床でできた小屋みたいなところで、会席料理を食べるんです。これは涼しくて気持ちがいいです」
それはいい。僕はまたもや京都行きを心の中で復活させていた。しかし……。
「でも、1万5千円くらい取られるなぁ」
がーん。
ちょっと予算オーバーなのだ。
「じゃ、もうひとつは?」
「川下りですね」
「船に乗って、渓流を下るやつですか?」
「そうです。あれも結構たのしいですよ。涼しい程じゃないけど、暑くはないですし」
「それはいくらくらいです?」
「うーん。たぶん3千円か、それくらいじゃないですかねぇ」
僕はそれに決めたのだ。そして、もう一つアイデアが浮かんだのである。
「じゃ、バスツアーにしますよ」
「バスツアー?」
「ええ。観光のパンフレットで見たんですけれど、そこにいくつかのバスツアーのコースが紹介されていて、その中に『嵯峨野のトコロッコ列車と川下り』というのがあったんです。トロッコ列車にも乗ってみたいし、これなら一石二鳥でしょう」
そういいながら僕の脳裏にはすでに、ドラマが展開されていた。
(お一人ですか?)
(え……ええ。なんて言うか、女1人の傷心旅行なんです)
(傷心旅行?)
(あら、あたしったら変なこと言っちゃったわ)
(いえいえ。そんなことはないですよ。あの、僕でよろしかったら話し相手になりますよ。僕も1人旅ですから)
とぁ、土曜ドラマランドかなにかみたいに、1人旅で観光バスに乗るとからなず他にも3人くらい1人旅の男女がいたりする。
僕はそんな状況を想像していたのである。
ドラマランドみたいに殺人事件が起こるわけはないにしても、嵯峨野で知り合った男と女。これはもう絵になるに決まっているのだ。
そして僕は希望に胸を膨らませ、京都駅でバスツアーの申し込みを済ませた。
チケットを受け取りバス亭に行ってみると、期待に反して皆さんグループ参加。
「やっぱりなぁ。思うようにはならないか」
とがっかりしたものの、なんと1人だけ1人旅の女性がいて、しかもこれはバス会社の配慮としか思えないくらい偶然に、僕と彼女は隣り同士になったのである。
(つづく)
1999年1月25日(月) 相手によりけり
「というわけで、この書類をシステム課に提出していただきたいのです。できれば来週までにお願いします」
「そりゃダメだな」
「ど、どうしてですか、小貫部長?」
商品企画部長の小貫さんは、とっつきにくい人で、特に目下には厳しい。いや、厳しいと言うよりは見下したようなところがあるのだ。
「どうしてってね、そんな暇がないからだよ」
「あのですね、小貫部長。これは仕事なんです。暇つぶしにやってくださいとお願いしているわけじゃありません。これをまとめていただかないと我々情報システム部門としては、スケジュールが立てられないんです」
「そんなこと言っても、時間がないんだ。だいたい君、仕事には優先度というものがあるんだよ。今は新しい商品開発で手一杯だ。こんなものにつき合っている暇はないよ」
安いメガネをかけているのか、やたらにレンズが光っている。そのレンズの奥から覗く目は実に意地悪そうで、陰険な表情をかもし出しているのである。
「わかりました。では、突然商品企画部から『いついつシステム改訂してくれ』と突然言われても、対応できないことがありますが、それでいいのですね?」
「何だその態度は、ヒラリーマン。お前達は我々の後方支援をする立場にあるんだろ。だったら突然だろうが何だろうがこっちの状況に合わせて情報システムを整備するのが仕事じゃないのか! いちいち事前の予定なんて出していられるか!」
実に太々しい、嫌な奴なのだ。
そこに、我々のドンである常務がやってきた。
「どうだね、やっとるかね、小貫君?」
「あ、どうも常務。新商品の開発も追い込みに来まして、もうすぐ片が付くところです。いやぁ、わたしも今回はかなり踏ん張りまして、なんとかここまで……」
「そりゃご苦労だね。で、ヒラリーマンは何してるんだ、こんなところで?」
「あの、これを小貫部長にお願いに……でもぅ」
「おお、これか。システムは金食い虫だなんて悪口を言われるからね。今後はより計画的なシステム開発が必要なんだ。忙しいだろうけれどそのための資料作りだから小貫君も協力頼むよ」
「そりゃもう、今週中にでも作成しまして、お届けにあがりますです、はーい」
さっきとは態度が180度転換。あっと言う間に話が付いてしまったのである。
こうなったら悔しいから、一言くらい文句を言いたいのが人情だ。
「小貫部長は人によって仕事を引き受けたり蹴ったりするんですか?」
「なんだ。文句でもあるのか」
「そういうのは公私混同じゃないですか。やるべき仕事だったら誰が依頼してもやるべきだと思いますけど?」
「アホかお前。会社での地位にはそれなりのステータスがある。地位が高ければ責任が重い。責任が重い立場での発言はそれなりの責任を背負っての重みのある発言と言うことだ。人によって対応を変えるというのは当然のことだ。なにごとも相手によりけりなんだよ。悔しかったら偉くなってみろ!」
何のことはない。自分の出世に影響のありそうな、偉い人からの発言にだけヘコヘコしているだけなのである。
「ところでヒラリーマン。俺なぁ、先週ノートパソコンを買ったんだけど、設定がよくわからないんだ。今度持ってくるから見てくれ」
「すみませんが小貫部長。個人のパソコン設定はシステム課員としては承らない事になっておりますので、あしからず」
「なんだおまえ。秘書課の樹理ちゃんにはアパートにまで出向いてインターネットに繋いでやったそうじゃないか!」
「はい。相手によりけりなんです。悔しかったら、美人になってください」