ヒラエッセイ
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2001年4月16日(月) まだ遅くない!
電車に乗っていると、吊るしの広告にやたらと英会話学校の宣伝がある。しかしも最近は「講習料の80%が返還!」なんて書いてあるのだ。
これはどうやら国がお勉強の補助をしてあげようというものらしいく、一定期間の連続勤務経歴があるともらえるらしいのである。
今日は課長と、そんな話しで盛り上がったのだ。
「だから、結構安く出来るでしょ。それで僕も英会話やってみようかと思うんすよ、課長」
「へーっ、ほんとかよ。じつぁーなぁ。おれもちっとばっかしやってみたかったんだよ。一緒に行くか、ひらりーまん!」
課長の場合は英語よりも、標準語の勉強をした方がいいのだ。
そこに、後輩の矢田くんが口をはさんだ。
「今からじゃ遅いですよ、ひらりーまんさん。英語ってのは子供のころからやらないと、ダメらしいですよ。ヒラリーマンさんのところはお子さんにやらせたほうがいいんじゃないですか?」
よくいるのだ、こういうこと言う奴が。
「英語の発音は幼児期からやらないとネイティブな発音ができない。微妙な子音が聞きとれない」
なんていう、トンチキなやつ。
たまに日本人みたいにきれいな日本語を話す外人がいるけれど、あれはどうも気味が悪い。外人は外人らしく、
「わたーしわーーん、ドイツからぁーん、やてまいりまーしたーん、レーダーマンともうしましたぁ」
なんて変な調子で話すから可愛げがあるのだ。完全な日本語じゃないからこそ「外人さんなんだ」という実感が生まれて、なおかつ「親切にしてあげよう」とか思うのだ。やたらとペラペラ上手に話すと、「こいつ何かたくらんでいるんじゃないか?」と、疑いたくなるのである。
だいいち、僕はなにも英語を習ってアメリカ人のふりをしようと言うわけじゃない。多少変な英語でも意思疎通が出来たら面白いと思うから習いたいだけなのだ。
そういえば、こんなことを言うおばさんも多い。
「ピアノは3歳までに始めないとダメざますのよ。なんざますか、脳のそういう音感分部の発達が幼児期に完成してしまって、それまでに習わないと発達しないらしいのざますのよ〜。ですから宅では、3歳からやらせてるんでざーます」
アホか。
こんな事をのたまうおばさんの娘が、ブーニンのようなピアニストになったという話しを僕は聞いたことがない。そりゃ確かに中には超有名な音楽家に育つ子どももいるだろう。しかしそんなのはごくごく一部の話しであって、だいたいはピアノなんて途中でやめちゃうし、ほんの一握りの子供がそのまま続けて音大に行き、ピアノの先生になる程度の話なのだ。つまり、おばさんになってから始めたって、なんとかなりそうな演奏しかしないのが普通なのである。
日本人はどうも、適当にやることが嫌いらしい。不完全でもちょっと会話が楽しめればいい英語。家族や仲間でちょっと演奏が楽しめる程度のピアノ。そういうことは「ダメ」なのであって、超一流になれる条件じゃないとやってはいけないみたいにいう風潮が当たり前のようになっている。
何事も適当に楽しむということが、今の日本人にはかけていると、僕は思うのだ。
「ねぇ課長。そう思うでしょ。何事も早くやればいいってもんじゃない。もう自分の年齢じゃ遅いとか思い込まないで、なんでもチャレンジしてみる精神こそが大事だと僕は思うんですよ」
「まーなぁ。それじゃおめーもよう・・・・・・」
「なんすか?」
「いまからでも人並みに仕事をして管理職を狙ってみるとか・・・・・・はもうかなり遅いな」
「ガーン!」
2001年4月19日(木) キムチ
会社の帰り、毎日駅の階段の下に韓国キムチを売るおばちゃんが立っている。
「キムチどよ? おいしよ! 韓国の家庭のキムチよ! 手作りキムチよ!」
小さな台の上に、いかにも手作りという具合になんのプリントもしてないビニール袋に詰めたキムチが重ねておいてある。
顔つきは日本人とは変わりないが、なんとなく服装が日本人と違うような気もするし、メガネも日本じゃはやりそうもないような、すこし違和感のあるデザインのものをかけているのだ。
僕には韓国の友人が数人いる。日本で生まれ育った韓国人もいれば、韓国で生まれ育った韓国人もいる。彼らが日本に遊びに来るときにキムチのお土産をもらったこともあるし、キムチについての話しも随分と聞いた。
テレビで韓国を紹介すると、どの家も必ずキムチを作っていて、キムチを大きなかめにいれて庭に埋めているような風に紹介するけれど、実際はそんなことはないらしい。
確かにそういう家が多いらしいけれど、すべての家というのは違うようだ。
考えてみれば日本だってすべての家でぬか漬けをやってるわけじゃないし、日本酒が嫌いな日本人だっている。甘党もいれば辛党もいるけれど、それは韓国もおなじことで、やはり韓国のキムチも家によって味は違うらしいのだ。
「本場のキムチは辛いんだよ」
なんて言うのは嘘っぱちで、僕の友達が持ってきてくれたキムチも全く辛くなかった。
「韓国のキムチよ、手作り」
いかにも日本人じゃありませんというたどたどしい日本語でおばさんは手作りキムチを売り続けた。
しかし、彼女の携帯電話がなったとたん、彼女は一変してしまった。
「あ、あたしぃー。うんうん。あっそー。ちょっと明日は無理だと思うんだよね。うん、悪いけどたかちゃんにもそう伝えてくれない? わるいねぇー。うん。ごめんごめん。じゃね!」
突然日本語がうまくなって、電話の相手とくっちゃべっているのだ。
しかし、彼女は携帯電話をしまうとまた謎の外国人に戻った。
「キムチよキムチ。これおいしよ。韓国の家庭の手作りよ。やすいよ」
するとそこに、JRの職員がやってきた。
「だめだよ、だめ。ここは構内だからね、勝手に物を売っちゃだめなんだよ。困るんですよ」
するとおばさんはまたもや変身した。
「日本語ダメあるね。わからないあるよ。ごめなさいね。ダメあるね」
その口調はむかし小沢昭一が発明したインチキ中国人そのものだった。
「とにかくここはだめだから、よそでやってね。ここは許可がいるんだから」
JRの職員がんどう臭さそうにそう言って階段をあがって戻って行くと、一瞬片付けるふりをしていたおばさんは、また商売を始めた。
「キムチよ、キムチ。これ韓国の手作りね。手作りのキムチあるよ」
インチキ中国人が混ざったままセールストークを続けるおばさん。
このおばさんは去年までお好み焼きの屋のおばさんで、「広島生まれの広島育ちじゃけん、うちのお好み焼きは本物じゃけん」と言っていたのであった。