ヒラエッセイ
バックナンバー
2001年7月4日(水) 男の決定権
会社が商品を受注するために客先に提供する発注システムを新しく構築することになった。予算1億円を超える大プロジェクトなのだ。
「同業他社の動向も確認してこい」
部長がそういうので、僕は課長とともに当社とも資本関係のある同業のA社を訪ねることにした。
A社というのはアメリカの巨大企業X社の資本で設立された会社で完全に外資系。社長もアメリカから送り込まれている。
外資系の企業の特徴はいろいろあるけれど、もっともわかりやすいのが「権限」と「セキュリティー」だ。
たとえば業界の各社が集まっている場に出席しても外資系社員の発言は歯切れが悪い。
「えー、そのことについての意見ですが、私には会社を代表してそれについて申し上げる権限がないものと思いますので、控えさせていただきます」
こんな事を言い始める
常に自分の権限の範囲にあること以外喋らないし、それ以外のものはすべて権限のある部署に答えさせる。「本国に問い合わせてから・・・・・・」なんて言う場合もしょっちゅうなのである。
そんなだから、今回も期待していなかったのだけれど、応対してくれた大垣課長の返答も思った通りだった。
「御社では新しい発注システムを作られるのでしょう?」
「そうらしいです」
「らしい、といいますと?」
「アメリカでは作り始めてるらしいですよ。あちらの決めることなのでわたしにははっきりわかりません」
「いつからですか、稼働は?」
「さぁ。多分来年の秋かなぁ。だと思いますが、それはアメリカが決めるので・・・・・・」
「構成などはどんな内容なんですか?」
「さぁ。必要ならアメリカに問い合わせますが、お答えは来月以降になると思いますよ」
「やっぱり、WEB環境なんでしょうか?」
「多分そうでしょう、今時ですからねぇ。でも、アメリカが決めることですから」
「どんな機能を積むんですか? 実績照会とかはやはりできるんでしょうか?」
「アメリカの方で決めることなので、私らはどうも・・・・・・」
アメリカ本社が企画し、アメリカ本社が作り、世界に指示する。だから日本国内では運用するだけ。
こんな仕事はしていても面白くないのではないだろうかと僕は思うのだが、大垣課長は特に疑問に思う風でもなく、当たり前のような顔をしているのである。
「何でもかんでも『アメリカが決める』というのも寂しいですね。やはり男としては物事の決定権は自分が持ちたいと思うものじゃないですか?」
ぶしつけながら、僕ははっきりとそう聞いてしまった。しかし、彼の返事は意外にも堂々たるものだった。
「ヒラリーマンさん。あなたは会社人間ですか? 私は違います。私は会社で働いて給料を得る。それだけです。そしてその給料で生活し、生活の中で男らしさは発揮しますよ」
なるほど。確かに会社なんていずれはやめてしまう組織だ。そんなところは給料さえ払ってくれればいい。仕事や出世に固執したって、いずれはでていくんだ。
さすがにアメリカナイズされた大垣課長。考えが実に割り切れている。何しろアメリカナイズなのだから、夏休みは3週間もとるのだそうだ。
きっと夏休みには家族の中にあって、父親として堂々たるリーダーシップを発揮しているのだろう。
これこそがこれからのサラリーマンの生き方であり、大垣課長は、その見本なのである。大垣課長、あなたこそが男だ!
「で、今年の夏休はどうされるんですか、大垣課長?」
「さぁ。それは女房や子供たちの決めることですからねぇ」
そうでもないか・・・・・・。