ヒラエッセイ

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2003年12月26日(金) 問題の本質

 新幹線の運転手が携帯メールを運転中にやっていたという話し、あれはどうなったんだろう。
 あのニュースでは確か、
「新幹線の運転手が、交際相手の人妻に、運転席からの景色を携帯電話のカメラで撮って送っていた。JRでは、勤務中の携帯使用を禁止していた」
 という、こんな概要が伝えられていた。
 このニュースをレポーターが報告するとキャスターは、「そんなことをしていたんですかー」と納得。そして次ぎにレポーターがその写真を拡大しているパネルを出すと、キャスターは、
「うわーっ、まさしく新幹線運転席からの写真に間違いありませんね。驚きました!」
 と驚嘆した。コメンテーターが数人いたけれど、みんな大人だから、
「だから最初から運転席からの写真だって言ってんだろうが、バカ!」
 なんて言わないで、黙って冷たい目だけを向けていた。
 多分キャスターは、ニュースそのものについて驚く予定だったのに、驚く場所を間違えてしまったのだろう。前からバカだバカだと思っていたキャスターだったのだけれど、やっぱりバカだった。
 この間は何かの被害の話しをレポーターがしていて、
「こんなことは初めてだと、地元の皆さんは驚いています!」
 とくくっているのに、このキャスターは、
「○○さん、こんなことは以前にもあったんでしょうか?」
 と聞き返した。当然コメンテーターたちは「またかよ」って思っているだろうけれど、バカキャスターがアップになっているのでその様子は見えないし、さすがにレポーターも放送中なので、
「だから初めてだってそう言ってんだろ、このバカ!」
 とはやっぱり言わなかったけれど、マイクが切れた後は絶対にケチョンケチョンに言ってるに違いない。
 バカキャスターはレポーターの話が終わると、
「こんな写真は、新幹線の運転席からじゃないと撮れませんよね!」
 と、大発見のようにまた語った。どういう脳味噌をしているのだろうか。

 それにしても、ああいうレポートの仕方というのは、多分ビジネス会話としては通用しないだろう。物事を明確に論理的に報告することを常に要求する我が上司、久留米取締役などにかかったら、あのレポートは次のように解釈されるはずだ。

「というわけで、新幹線の運転中に、交際中の人妻に運転席から外の様子を撮った写メールを送っていたという運転手は、とんでもないですね」
「なにがだね?」
「え? いえあの・・・・・・なにがって、まずくないですか、久留米重役?」
「君のレポートは、何を言いたいのかわからんよ」
「あのーどこらへんが?」
「まず、君はいったい何がまずいといっているんだね?」
「ですから、新幹線の運転中に交際相手の人妻に運転席から撮った写メールを送っていたことです」
「論点がはっきりしない」
「ど、どこがでございましょう?」
「要点がわからんのだ。新幹線の運転中に外の様子を撮った写メールをしていたことがいけないのか、それとも交際相手が人妻だったことがいけないのか、どっちだね?」
「両方です」
「ほー。すると、メールの宛先が子供だったらいいのか? 新幹線が大好きだけど、体が弱くて入院している息子へのメールだったら、いいのかい? それなら美談なのか!」
「それでしたら微笑ましいように思いますが・・・・・・」
「ほう。微笑ましい相手であれば、新幹線の運転中に写メールしててもいいんだな?」
「あ、いや、その、やっぱりだめですね」
「だめだろう。そうだろう。だめなんだよ。そう考えれば、君のレポートがおかしいことはすぐにわかる」
「どうおかしいのでしょうか」
「つまりだな、写メールの相手が人妻か子供か、それとも新宿でナンパした女子高生か、はたまたスナックのおねーちゃんだったのか、あるいはSMクラブの女王様なのかなんてことは関係がないんだ。問題は、仕事中に安全確認を怠ってメールをしていたことにある。だから、交際中の人妻になんていうのは報道する必要がないんだよ。あれはいかにも『とんでもないことをしていた』ということを強く印象づけるために付け加えた、事件の本質とは別の余計なことがらであって、私はそこに君たちの意図というか悪意のテクニックを感じるわけだな」
「そ、そうでしょうか」
「報道ってのは君、その事件の本質を伝える義務があるんじゃないかね?」
「は、はぁ。わ、わかりました。そう考えれば確かに、運転中に外の様子を撮って写メールをしていたというだけでよかったですね」
「そうかな? それで本質が伝わるのかねぇ?」
「な、何か他にも?」
「外の様子を撮った写メールである必要があったのかね?」
「は?」
「写メールの内容が、外の様子ではなく、運転している自分の顔ならよかったのかね。はたまた、運転中に自慢の巨根をパンツから引っ張り出して『こんなに大きくなっちゃった〜』なんていうメールなら問題なかったのかね?」
「そ、そんなのよけい悪いじゃないですか!」
「ところがだ、外の風景だとかなんとか余計なことを言うから、まったく勘違いしてしまった人もいるんだよ」
「どんなですか?」
「あのニュースを聞いてだな、『新幹線の運転席からの写真って、公開しちゃいけないんだ? それって、秘密事項なんだ?』って言った人がいる。その人は、運転席からの写真は公開禁止だから、それをメルトモに送った運転手が秘密保持義務違反で追求されていると思ったんだよ!」
「誰ですか、そんなバカ?」
「私の妻だ」
「か、かわいい勘違いですね、あははは」
「もう遅い」
「それじゃあの、外の様子というのはなくしまして、単に運転中に写メールをしていたという報道ではどうでしょうか?」
「運転中にしていたのが普通のメールならよかったのかね?」
「いえ、その・・・・・・そ、そうですね。別に写メールじゃなくてもいいですね。それでは『運転中にメールをしていた』ということでよろしいでしょうか?」
「しかしそうなると、メールである必要はあったのかなぁ?」
「といいますと?」
「運転中に、コミックを読んでいたというのならいいのかね?」
「いえ、確かにそれもまずいですが、『運転中にメールをしていた』と言えばどういう風に安全義務を怠ったのかまで表現できるのでよろしいかと思います」
「おー。なかなかいいことを言うねぇ、君。しかし、事実JRは妙なことを通達していたらしいね」
「どんなですか?」
「君のレポートにもあっただろ。JRでは勤務中の携帯は禁止している、と」
「なんか変ですか、それが?」
「変だろう。勤務中に携帯を禁止するんじゃなくて、勤務中に許可なく業務を中断してはいけない、とすべきではないのか? 携帯が禁止というように、個別の事柄を明記しなくてはいけないとなれば、ゲームボーイもだめ、PDAもだめ、暇だからって腕立て伏せや腹筋運動なんかするのもダメっていちいち書かなくちゃならない」
「な、なるほど」
「『おやつは500円以内にしなさい』と小学校の遠足前に言われたとき、『先生! おばあちゃんがタダでくれたバナナは500円に入りますか?』なんて、話しの本質を理解できない子供がいるだろ」
「どこのバカですか、そのクソガキは?」
「うちの子だ」
「か、かわいいですねぇ、子供らしくて」
「もうおそい。とにかく、ああいう子供がそのまま大人になったような奴もいるから、そういうことも気をつけなくてはいけないのだ」
「私の時は300円だったと思います」
「君も話しの本質がわからない男だね。とにかく、君も要点をぼかしておもしろおかしくしたくだらないレポートのために、世間ではまったく要点のずれた話しになってるんだよ。『あれって不倫だったのかしら?』『肉体関係はあったのかな?』『どこで知りあったんだろ』って、そんな論点をはずれた話しばかりが一人歩きしている。話しの本質であるはずの安全面の話しとなると、『あんなの自動なんだし、別にいいじゃん。そんなこと言ったらゆりかもめなんて最初から運転手もいないじゃん』ってことになってる。報道するなら、彼の行動はどれほどの危険を招いたのかをきちんと割り出して、『こんなに危険だったんだ!』と発表すべきじゃないのかね?」
「はぁー、しかし・・・・・・」
「なんだね?」
「おっしゃる通り、あれは新幹線が自動運転していた時の話しなので、ほとんど危険はなかったと推察できるんです」
「ほう。つまり彼はほとんど乗客を危険にはさらしていなかったというわけか?」
「はい」
「んじゃ、話題にするほどでもないんじゃないか」
「はぁ。まぁーそういうことに・・・・・・」
「なんだばかばかしい。結局君たちは、メルトモ相手の主婦の旦那と同じだよ。主婦といちゃいちゃしていた新幹線の運転手が気に入らないから報道しただけじゃないか」
「ええ、まぁ・・・・・・それじゃこのレポートはなかったことに・・・・・・」

 と、いうわけで、大した事件じゃなかったということに落ち着くのである。
 それにしても気になる。
  あの運転手と人妻は、やったんだろうか・・・・・・。

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